スニーカーの夢

細い路地に面した背の低い灰色のビルの、細くて狭い階段をのぼった2階にある飲み屋で、女の子とふたりでお酒を飲む。なにかの記念日とか、ひさびさの再会を祝うとか、そういう特別な夜であるような雰囲気。でもそれがなんなのか、ぼくにはよくわかっていない。

店内は茶色と白を基調としたお洒落なカフェやイタリアンのようでもあり、だれかの家のリビングといった風でもある。落ち着いた明るさの、温かみのある照明。ローテーブルを挟んで低いソファが対面するよう配置された席や、ダイニングテーブルに椅子といった席もある。

ぼくがお酒を飲み過ぎてしまい、ぜんぜん動けなくなってしまったので、女の子は「まったくしょうがないなあ」という感じであっさり家に帰ってゆく。長い髪を後ろでひとつに結んだ背の高い髭面の店長が「きょうはここで寝てっていいよ」といってくれたので、木の床に直接うすい布団を敷いて、ぼくはひとり店に泊まることになる。

明け方になって目覚めると、パーティーのあとのようにテーブルの上に食べものや飲みものが散らかっている。何時なのかわからないが、ぼんやりとした磨りガラスの窓から、低い角度の日光がもう届いている様子がうかがえる。

だれかが階段を上ってくる音がして、男がふたり、朝の空気をまとって店に入ってくる。中肉中背で頭の禿げ上がった中年と、紺色のウインドブレイカーを着た、おかっぱに近いような不思議な髪型で、ぼくと同年代か少し若いくらいの青年。ふたりはぼくがそこにいることをまったく気にしていない。店長からなんらかの連絡がなされているのかもしれないし、こういうことはよくあることなのだということかもしれない。ふたりは1階に住んでいて、店の片づけをする代わりに水道やトイレを貸してもらっているということのようだ。ふたりがてきぱきと散らかった店内を片づけはじめたので、ぼくも手伝うことにした。そこにただいることに罪悪感のようなものを感じたからだ。

ぼくはふたりが入ってきてからもしばらくは布団の上にちょこんと座っていた。やっと立ち上がり布団を畳もうとしたときに、はじめて布団が90度回転していることに気づく。店の片隅のちいさなテレビが見やすい角度になるよう布団を敷いたはずだった。見えにくくなった角度から、テレビが音量を落としてついているような気配があるが、それはものすごく遠くにあるように感じられる。

こまごまとした片づけがすべて終わると中年が台所で歯を磨きはじめて、青年はなにかイライラした空気を醸し出しはじめる。「あんまり長居してるんじゃない、帰れるならもう帰れ、あまりひとの好意に甘えすぎるな」というような意味のことを青年からいわれているように感じられたので、ぼくはそそくさと店を後にする。

階段を降りている途中で「おい!」と声がしたので振り返ってみると、青年が踊り場に立って「靴わすれてるよ!」といって、思いっきりぼくのスニーカを投げてきた。スローモーションでスニーカーが胸のあたりに飛び込むのを、抱きかかえるようにしてぼくは受け止める。青年からドロップキックされたような衝撃。ぼくが階段の最後らへんの段に腰かけて靴紐を結んでいると、青年がいつのまにかすぐ隣に降りてきていて、じぶんの左足とぼくの右足を揃えるようにした。並んだスニーカーのクローズアップ。かれはなんだかとても嬉しそうに「スニーカー色違いじゃん!」という。かれのが赤で、ぼくのが青。アディダスのスニーカーだった。