クラスチェンジの歌

世界中のすべての写真が壁という壁からはがれ落ちて、わたしたちはその上を歩いた。くまなく、土を踏み固めるように。だれもがずっと泣いていた。葬送儀礼の途中のように。涙で、靴の底には写真が貼りつき気味だった。桜の季節の終わりに、せめて足の裏だけにでも記憶を焼きつけておきたいのだ、とでもいうように。

いくつもの花が枯れ、いくつもの鉦が鳴らされた。

あれからざっと1000年のときが流れたのだった。

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たくさんの本がみつくろわれることなく焚かれました。その炎でむすうの牛や馬や羊や鳥や猪が焼かれ、しかたなくわたしたちは悪鬼のごとく、それをたべたのです。鬼の親の目の仇のように堅焼きで。躍起になって。その肉を。内臓と皮を。鳴き声と哀しみを。

ただそうするだけの日々でした。

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そのころには星はもうどこにもなかったから、子どもたちは骨を投げて人生を占いました。ぼくたちはこれからどうなるのかな。そだての親である文字というものをうしなって。図書館の跡地の骨公園にはいくらでも骨がありました。どうぶつの骨の森。投げた骨はいつもはアルファベットのようにきちんと並びます。【CHICKEN】といったように。でもその日の結果は【凶】でした。不吉。

だから、だれかがすかさず雨の歌をうたい、それはただちにコーラスとなって木霊し、スコールのような1000年の雨をすこぶる降らせたのでした。おおかたの大地はしずみ、ラスコーの洞窟はくずれ、ハードディスクは水びたし。おおきな森がいくつもそだち、あらゆる井戸には水が満ち、本を焼いたぶんの灰が海へと流れこむと、貝たちがみんな企むことなくことばを蓄えました。それ以外には、ことばは、どこにもなくなったのです。恨むことなく、有無をいわさず。もうだれも住むことのない、からっぽの部屋のクローゼットみたいな無言の惑星に、そうして塔だけが残されました。

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願いだけが長いときを歩み、その先のほうで太陽のように遠くからわたしたちを照らします。わかりますか。歩くことを覚えた子どもたちはいつもわたしたちの前を走りすぎてゆく。そして、のろのろと歩く、老いたわたしたちのところへ、道の先から、未知の先から、ふたたび走ってもどってきます。そのようにです。毎回ちょこまかと世界新の笑顔をたずさえて。転んで泣いてさえいなければ。

「ほら、転ぶよ!」と声をかけてもそいつは無駄というもの。

子どもたちは走る。

そうやってわたしたちもそだちました。
勘合貿易のような二重らせんの複製として。

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日曜日がなめらかに終わりを告げそうです。いまは2017年の6月18日、23時8分。きょうは父の日だったみたいです。

えーと。なつかしい感覚です。1000年後からざっと999年くらいの時をさかのぼって帰ってきたところで、わたしはこの文章を書いています。

あなたがたはきっと嘘か、比喩だとおもうにちがいない。それとも気が狂ったとおもうかもしれません。でも、そういうわけではないのです。頭のなかの畳の裏が、【コーヤコーヤ星】とつながっているようなものとおもっていただきたい。

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いつだったか、わたしは海岸で打ち上げられた貝を拾いあつめる仕事をしていた。
青い作業服を着て。行政はひとつ324円で買い取ってくれる。
売りことばに貝ことば。

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わたしは近所の区民貝館で、しずかに貝に耳を押し当てるのでした。そのうち、遠い国からの電話のように、かすかな音が聴こえてきます。ラジオのチューニングがだんだん合うように、最初のうちは判然としません。じっくり耳を澄ませていると、洞窟の奥から吹く風のような響きのなかに、くぐもった吐息のような、子どものころのひそひそ話のような声が聴こえはじめます。歌です。

いくつもの貝がそれぞれべつの音を【タワーレコードの試聴機】のように奏でていて、うしなわれてしまったことばが、そこに、ひっそり潜んでいたことを感じます。

そうやってわたしは区民貝館でことばを、卒なく、つつがなく覚えました。だからこうして文章を書けるようにもなったのです。きのうも貝棚のなかからいくつかの貝を借りてきたので、わたしの机の上はさながら【磯丸水産】のごとき賑わいです。

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あたらしい貝をふたつ、そっと両耳に当ててみる。
きっと遠くからみれば、ふたつの貝は【ヘッドホン】のようにみえるんじゃないかな。

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これを読んでいるあなたがたにとっては、ただ1年4ヶ月のときが流れたようにみえるはずだ。でも世界はまったく変わってしまった。打って変わってしまったのです。空白は埋められ、願いは聞き届けられました。ソシュールの、箱のなかの風船のたとえのように、わたしは伯父になり、わたしの弟は叔父になりました。母はおばあちゃんになった。亡くなった父だっておじいちゃんになり、祖母たちはひいおばあちゃんになり、祖父たちはひいおじいちゃんへと、それぞれみんな順繰りに、波及効果でクラスチェンジしました。

妹が母になったことによって。