踏切が嫌い

今日はモスへ行きました。新しくなっておいしくなったらしいロースカツバーガーを食べました。でもおいしくなったのかどうかはわからない。そんなことわかるわけがない。もともとおいしかったし、新しいのも同じくらいおいしいように感じられた。というかぼくには不味いものがない。なぜならなにかを食べるときにはいつだって限界までお腹を空かせているから。もうなにを食べてもおいしい。毎回「死ぬとこだった!もう少しで!」と思いながら食事をしています。この東京砂漠で!
あ、そういえば、カツがいつまでも冷めないなあ、とは思いました。もう食べ終わりそうなのに熱くて火傷しそうなくらいでした。でもそんな温度的な新しさなわけありませんよね。「冷めなくなって新登場!」なんて。なにか変わったのかしら。なにが変わったのかしら。
あとそれから、煙草を吸いながらものを食べてる人はもうやめてください。と煙草を吸いながらものを食べてる人を見るたびに思います。
それから線路を渡った先にあるスーパーへ行きました。ぼくは線路が嫌いだ。いや違うな。線路ではなくて踏切が嫌いです。
踏切を渡る生活をぼくはほとんどしてこなかった。踏切のこちら側でほとんどの用事は済んだし、ぼくの住んでいた街は踏切の向こうは寂れていて、もはや機能していなかったので、そこに住む以外の人が向こう側へ行く理由はほとんど存在しなかった。でもいまいるところでは踏切を頻繁に渡らなければいけなくて、それが苦痛といえば苦痛。