In My Life

じつの父親に、なんていうのかな、おもったよりも早く、もう会えなくなってしまった場合、

という文章もEvernoteに残っていた。たったの一行だ。こちらも覚えがない。ほんとうに、まったく。いささかの留保もなく、完全に、記憶がない。

タイトルは「In My Life」となっていた。わたしはどうやらきのうの夜、iTunesでビートルズを聴いていたらしい。なにを聴いたかの記録がたしかに残っているからだ。なんと便利なのだろう。特に、酔っぱらいにとって。

友人が矢沢永吉のカバーした「Hey Jude」がすごい、とFacebookでいっていたから、わたしはあらためてオリジナルの「Hey Jude」も聴こうとおもった、というような流れだったのだとおもう、きっと。ただ、たったの一音も覚えてはいない。わたしはそのとき、いったいなにを書こうとしていたのだろうか?

 

じつの父親に、なんていうのかな、おもったよりも早く、もう会えなくなってしまった場合、残っている記憶のなかでしか、彼は存在していない。当りまえの話だ。それはものすごく些細なエピソードによって構成されていたりするものだ。ということは、一般論としては知っていたけれど、これはもうほんとうのことだ。

どうしてそんな話になったのかまったく覚えてはいないのだけれど、ビートルズの話になったときがあった。わたしがビートルズに出会ったころのことかもしれない。たぶん、高校生のときだ。いちばん好きな曲は「In My Life」かな、と父はいった。

わたしは父が「In My Life」が好きだったということをかんがえるだけで、もう涙が出てきてしまう。

わたしがいちばん好きなのは、「Across The Universe」と「And Your Bird Can Sing」(あのリフが好きなのだ。階段をスキップしながら上っていくみたいな感じ)だ。父が「in my life」が好きだと知ったとき、わたしは、もしかしたら、わたしは彼のことをとても誤解しているのかもしれないとおもった。

まあ、それだけの話。

 

ぼくにはいつも想い出す場所がある
むかしとは違ってしまったけれど一生わすれない場所
姿が変わり果ててもぼくにとって永遠の場所

いまはなくなってしまった場所
昔のままに残っている場所

かつてそんな想い出の場所で
恋人たちや友だちとともに過ごしたひとときが
いまでも蘇ってくる

亡くなったひとたち
元気で生きているひとたち
みんな愛してきたよ

ぼくの人生で大切なものだから

だけどいままでのどんな友だちや恋人たちも
君には敵うわけがない
君とのあたらしい愛のことを想うと
むかしの想い出は色褪せてしまうんだ

いままで関わってきたひとたちや
起こった数々の出来事のことは
決して忘れないし愛情が失われることはない

ときどき立ち止まってそんな想い出に浸ることもあるけれど
でもいまはだれよりも何よりも君を愛しているよ

ぼくの人生で君がいちばん大切なものだから